今日の読書 これでいいのか福島原発事故報道/丸山重威・編
2011年3月11日東北を襲った大地震と津波という天災、それによって引き起こされた福島原発事故及び事故処理によって引き起こされた未曾有の人災。
日本史上屈指の大災害になってしまった事は、悲しい事であり、直撃してしまった被害者の方々には何と言っていいのかも分かりません。
本著は福島原発事故という人災について、マスコミ報道がどうあつかい、何を積極的にスルーし、その裏の大人の事情がどう絡んでいるのかというのを、証拠としてあげられるものはあげて、報道姿勢について糾弾するという体裁のものになっています。
基本的には原発に関する過去から事故直後まで安全だと言い続けていれば安全という論理もへったくれもないものへの批判がメインですね。
その後起きた風評被害ブームについては触れられていないというか、それよりも前に執筆されているという事ですね。
今回の人災報道について、1ミリも疑問を抱かない人がいるとは思いませんし、言っている事がころころ変わっているのにもかかわらず、何故ころころ変わるのか論理的に説明を迫っているというものを目にする人は少なかったのではないかと思います。
少なくとも私はいわゆるテレビの報道については、知りたい情報を得られないと感じ早々に見切りをつけてしまったせいで、ひょっとしたら私が目にしていないだけというの可能性はあるのですが、じっくりと見た人には、報道姿勢が正しいと感じたかどうか教えて欲しいと思うくらいです。
しかし、これほどの未曾有の人災になっていながら、安全だと言い続けた人が風説の流布で逮捕されたとか、東電の上の方がごぞって業務上過失致死でひっぱられたという話は聞かないのですが、そうならないように守られているという事なんでしょうか?
私は法律にも詳しくは無いので、こういった漠然とした思いが単なる言いがかりなのかどうかの判断も出来なくて困っています(調べろよと言われてお終いでしょうが)
第1章 「想定」されていた原発事故
地震による多発事故は今回事故の予兆であった?
大津波に耐えられないことは「想定されていた」
満腔の怒りをもって告発したい
東京電力と福島県の明治以来の親密関係
福島県が原発政策を大きく変える
プルサーマル計画実施を認めた後で今回の事故発生
<コラム>巨大地震による原発事故を予見した共産党吉井英勝議員の国会質問
第2章 原子力開発における言論抑圧と安全神話の形成
研究機関における言論抑圧
わが国での原子力研究の開始
安全神話の形成と教育問題
<コラム>小佐古敏荘氏、内閣官房参与辞任の理由
第3章 低線量被ばく報道はこれでいいのか
必要ないと言う「専門家」たち
事故による放射能汚染の拡がり
外部被ばくと内部被ばく
放射線量1ミリシーベルトとは?
放射能量と放射線被害の関係
どのようなリスク評価をを採用すべきか
低線量被ばくの過小評価をもたらすもの
第4章 原子力、報道と広報のかぎりなき同化
東電の明確な違法行為に寛大なメディア
経営と編集が一体となった権力構造への接近
振りまわされているメディア
いまだに「安全神話」の垂れ流し
財界の賠償責任逃れを助けるメディア
「国策民営」という奇妙な言葉
第5章 原発労働者“被曝”の実態
どのくらい内部被曝しているのか・・・人生半分、諦めた
安全よりも利益優先の東京電力
会社からの“赤紙”で呼び戻される
高濃度に汚染された箇所を雑巾で拭き取る!?
末端労働者の賃金は元請けの数分の一に
「問題は起きていないものと認識している」東電
第6章 「原子力安全キャンペーン」の系譜と「がんばろう日本」の仕掛け人
東電広告の目的
原発安全キャンペーンのルーツ
「安全神話」をソフトに説得する電力会社のテレビCM
3・11後のACのテレビCM事情
「がんばろう日本」CMの仕掛け人
<コラム>日本原子力文化振興財団の事業報告に見る「原子力安全キャンペーン」
第7章 「脱原発」の声と運動はどう報道されたのか
巻原子力発電所建設計画
巻町の住民投票と「共有地主」
巻町住民投票をめぐる報道
上関、狙い撃ちされる過疎の自治体
女性たちの反原発の力
六ヶ所村の核燃料サイクルとむつ小川原計画
抵抗と脱原発のアクション
土地の買い占めと環境アセスメント法
エネルギー自給、発電コスト、地球温暖化対策
第8章 バラ色の原発推進論とメディアの責任
「浜岡」と「エネルギー」で別れる論調
「脱原発」の論拠
「原子力平和利用」を扇動したメディア
事故にも動ぜず
「イエス・バット」とは何か
「原子力村」はどうつくられたか
アメリカの影、財界の主張、どさくさの「非常事態条項」改憲論
問われるジャーナリストの姿勢
日本史上屈指の大災害になってしまった事は、悲しい事であり、直撃してしまった被害者の方々には何と言っていいのかも分かりません。
本著は福島原発事故という人災について、マスコミ報道がどうあつかい、何を積極的にスルーし、その裏の大人の事情がどう絡んでいるのかというのを、証拠としてあげられるものはあげて、報道姿勢について糾弾するという体裁のものになっています。
基本的には原発に関する過去から事故直後まで安全だと言い続けていれば安全という論理もへったくれもないものへの批判がメインですね。
その後起きた風評被害ブームについては触れられていないというか、それよりも前に執筆されているという事ですね。
今回の人災報道について、1ミリも疑問を抱かない人がいるとは思いませんし、言っている事がころころ変わっているのにもかかわらず、何故ころころ変わるのか論理的に説明を迫っているというものを目にする人は少なかったのではないかと思います。
少なくとも私はいわゆるテレビの報道については、知りたい情報を得られないと感じ早々に見切りをつけてしまったせいで、ひょっとしたら私が目にしていないだけというの可能性はあるのですが、じっくりと見た人には、報道姿勢が正しいと感じたかどうか教えて欲しいと思うくらいです。
しかし、これほどの未曾有の人災になっていながら、安全だと言い続けた人が風説の流布で逮捕されたとか、東電の上の方がごぞって業務上過失致死でひっぱられたという話は聞かないのですが、そうならないように守られているという事なんでしょうか?
私は法律にも詳しくは無いので、こういった漠然とした思いが単なる言いがかりなのかどうかの判断も出来なくて困っています(調べろよと言われてお終いでしょうが)
第1章 「想定」されていた原発事故
地震による多発事故は今回事故の予兆であった?
大津波に耐えられないことは「想定されていた」
満腔の怒りをもって告発したい
東京電力と福島県の明治以来の親密関係
福島県が原発政策を大きく変える
プルサーマル計画実施を認めた後で今回の事故発生
<コラム>巨大地震による原発事故を予見した共産党吉井英勝議員の国会質問
第2章 原子力開発における言論抑圧と安全神話の形成
研究機関における言論抑圧
わが国での原子力研究の開始
安全神話の形成と教育問題
<コラム>小佐古敏荘氏、内閣官房参与辞任の理由
第3章 低線量被ばく報道はこれでいいのか
必要ないと言う「専門家」たち
事故による放射能汚染の拡がり
外部被ばくと内部被ばく
放射線量1ミリシーベルトとは?
放射能量と放射線被害の関係
どのようなリスク評価をを採用すべきか
低線量被ばくの過小評価をもたらすもの
第4章 原子力、報道と広報のかぎりなき同化
東電の明確な違法行為に寛大なメディア
経営と編集が一体となった権力構造への接近
振りまわされているメディア
いまだに「安全神話」の垂れ流し
財界の賠償責任逃れを助けるメディア
「国策民営」という奇妙な言葉
第5章 原発労働者“被曝”の実態
どのくらい内部被曝しているのか・・・人生半分、諦めた
安全よりも利益優先の東京電力
会社からの“赤紙”で呼び戻される
高濃度に汚染された箇所を雑巾で拭き取る!?
末端労働者の賃金は元請けの数分の一に
「問題は起きていないものと認識している」東電
第6章 「原子力安全キャンペーン」の系譜と「がんばろう日本」の仕掛け人
東電広告の目的
原発安全キャンペーンのルーツ
「安全神話」をソフトに説得する電力会社のテレビCM
3・11後のACのテレビCM事情
「がんばろう日本」CMの仕掛け人
<コラム>日本原子力文化振興財団の事業報告に見る「原子力安全キャンペーン」
第7章 「脱原発」の声と運動はどう報道されたのか
巻原子力発電所建設計画
巻町の住民投票と「共有地主」
巻町住民投票をめぐる報道
上関、狙い撃ちされる過疎の自治体
女性たちの反原発の力
六ヶ所村の核燃料サイクルとむつ小川原計画
抵抗と脱原発のアクション
土地の買い占めと環境アセスメント法
エネルギー自給、発電コスト、地球温暖化対策
第8章 バラ色の原発推進論とメディアの責任
「浜岡」と「エネルギー」で別れる論調
「脱原発」の論拠
「原子力平和利用」を扇動したメディア
事故にも動ぜず
「イエス・バット」とは何か
「原子力村」はどうつくられたか
アメリカの影、財界の主張、どさくさの「非常事態条項」改憲論
問われるジャーナリストの姿勢
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