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今日の読書 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 武田徹

3.11以降、日本人にとって原発問題というものは否応なく突きつけられるものとなりました。

震災と津波を引き金とした福島第一原発の放射能漏れ事故は、被曝という命に直結するものから、電力供給という生活に直結するものまで、過去にもあった日本国内の原発事故と比べ、他人事扱いできないものになりました。

私は原発の推進にしろ反対にしろ極端な結論を導けない中途半端な立ち位置でしか発言できない考え方です。

原発は危険だから即座に辞めろと言う事は簡単ですが、じゃあ今の電力ありきで成り立っている日本の社会構造を破壊する可能性を考慮したらば、事はそう簡単ではないだろうと思わずにはいられません。

かといって、今回の事故は単なる不幸な事故でしかなく、原発はきちんと管理すれば安全なものであるという考え方は冗談でもできません。

あくまでも、リスクと恩恵と計りに掛けた結果として恩恵の方が上だろうと判断した人が進めてきた事業であり、そこに、一度動かし始めたからには、間違いだったと認めてはいけないとする賛成のための賛成というものであるとか、利権のための利権があるだろうことは、深く考えなくても目の前に突きつけられていると感じざるを得ません。

じゃあどうすればいいんだろうと言う事に関して、極論を排除した上で言葉にできる事は、責任者がきっちりと責任をとるようにする事くらいでしょうか。

少なくとも今回の事故でトップクラスの責任者、東電にしろ政治家にしろ官僚にしろ責任逃れのための道を探り、弱者に責任をおっかぶせているようにしか思えなかったりするので。


さて、本著は2002年に出版され、2006年に文庫化された『「核」論』を今回の事故から増補版として出版されたものになります。

日本が戦後どのようにして核というものを扱い、原発が増やされてきたのか。

それぞれの時代背景によって原子力の扱いも変化し、力点も変化してきたが、「ハンタイ」と「スイシン」の単純な二項対立であるとか、その時々の二者択一が何も生み出さないどころか、むしろ真っ当な思考を阻害するものにもなるとして、どちらの言い分にも過剰な肩入れをせず、調整して発表しようという狙いの下に書かれているものになります。

最先端の技術というものは、面白いもので今から考えると狂気の沙汰にしかみえないのに、特に検証されずに(検証途中なのに、結果を待たずに発表したりで)世の中に流布していたんだなぁというのが感慨深いですし、ひょっとしたら今常識として流布しているものも、後世になると唖然とするものになるのかもしれないですね。

1950年代にはウラン茶が体にいいとか言って流行った時期があるというのが、笑いごとではないなと。


2010年論 新書版まえがきにかえて
はじめに   1946年のひなたぼっこ(ただし原子力的日光の中での)
1954年論 水爆映画としてのゴジラ 中曽根康弘と原子力黎明期
1957年論 ウラン爺の伝説 科学と反科学の間で揺らぐ「信頼」
1965年論 鉄腕アトムとオッペンハイマー 自分と自分でないものが出会う
1970年論 大阪万博 未来が輝かしかった頃
1974年論 電源三法交付金 過疎と過密と原発と
1980年論 清水幾太郎の「転向」 講和、安保、核武装
1986年論 高木仁三郎 科学の論理と運動の論理
1999年論 JCO臨界事故 原子力的日光の及ばぬ先の孤独な死
2002年論 ノイマンから遠くへ離れて
私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ)私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ)
(2011/05/10)
武田 徹

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テーマ : 読んだ本の感想等
ジャンル : 小説・文学

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