今日の読書 アイデンティティと暴力/アマルティア・セン
アジア人初のノーベル経済学賞受賞した、インド人の経済学者による、世界的な暴力問題に対する解決策の提示する1冊ですね。
その解決策はアイデンティティの複数性と言う事になります。
サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』という本があり、かなり話題になったものであり、私も読んだ事がありますが、ここで説明されていたものは、文明の衝突という対立構造によって世界が動いて行くというものでした。
国家や民族という枠組みではなく、宗教をベースにした文明に単純化してそれぞれが固まり対立していくという事ですね。
概ねが、キリスト教とイスラムとの対立について割かれていて、そういうものなのかと言う思いがあるのと同時に、それ以外のヒンズー文化、仏教文化に関しては、結構雑だなとか、日本を単独で独立文明圏としている事に対して、将来的には味方がいなくて困るなとか、同時に味方がいない事で日本が中国に近づいて行くだろうと言う予想は、雑だなと思ったりもしたのですが、とにかく、基本的には単純化構造で説明するというものでしたね。
この単純化こそが大問題であると提唱しているのが本著になります。
アイデンティティというのは本来は人によるというくらい多くのものがバックボーンとしてあると。
国籍、民族、宗教、職業、趣味、倫理観など多くの組み合わせがあり、それ故に国籍だけでみんが同じ考えになるわけでもなければ、宗教で完全にひと塊りになるわけでもなければ、趣味なんていうものは国籍や宗教を超えて共有し得るものであり、アイデンティティの単純化は、人間の思考を奪い去り、そこから暴力的連帯を強制し得るものと上げていますね。
また、こういった考え方の中で西洋社会の傲慢な上から目線というものの害悪なども扱っていますね。
近代以降、西洋社会によって流布された民主主義であるとか、自由主義といったもの、この功績について批判はしないが、それが西洋固有の価値観であり、他の地域に一切なかった概念であるからこそ啓蒙してやろうという態度で出る事は大きな間違いであり、そういった態度が反発を生み、本来素晴らしいはずのものまで、反西洋的価値観として全否定に繋がると言う事を危惧していますね。
民主主義が必ずしも西洋固有のものではないという、例として日本の聖徳太子の作った十七条の憲法を持ち出したというのに、別に日本向けに書かれたわけではないものなので、おっ!と思ったりしますね。
基本的に書かれている事をまとめると、偏見と非寛容と単純化が暴力に満ちた世界を誘発しているという事になるでしょうかね。
その事について、多様な例をあげて解説されています。
ただ、難しいのは偏見や非寛容や単純化というものへの誘導は簡単であり、またそこに安心感を求めてしまいがちになると言う事なんですよねぇ。
私も、物事を考えるときには、そうなりがちですし。
第1章 幻想の暴力
第2章 アイデンティティを理解する
第3章 文明による閉じ込め
第4章 宗教的貴族とイスラム教徒の歴史
第5章 西洋と反西洋
第6章 文化と囚われ
第7章 グローバル化と庶民の声
第8章 多文化主義と自由
第9章 考える自由
その解決策はアイデンティティの複数性と言う事になります。
サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』という本があり、かなり話題になったものであり、私も読んだ事がありますが、ここで説明されていたものは、文明の衝突という対立構造によって世界が動いて行くというものでした。
国家や民族という枠組みではなく、宗教をベースにした文明に単純化してそれぞれが固まり対立していくという事ですね。
概ねが、キリスト教とイスラムとの対立について割かれていて、そういうものなのかと言う思いがあるのと同時に、それ以外のヒンズー文化、仏教文化に関しては、結構雑だなとか、日本を単独で独立文明圏としている事に対して、将来的には味方がいなくて困るなとか、同時に味方がいない事で日本が中国に近づいて行くだろうと言う予想は、雑だなと思ったりもしたのですが、とにかく、基本的には単純化構造で説明するというものでしたね。
この単純化こそが大問題であると提唱しているのが本著になります。
アイデンティティというのは本来は人によるというくらい多くのものがバックボーンとしてあると。
国籍、民族、宗教、職業、趣味、倫理観など多くの組み合わせがあり、それ故に国籍だけでみんが同じ考えになるわけでもなければ、宗教で完全にひと塊りになるわけでもなければ、趣味なんていうものは国籍や宗教を超えて共有し得るものであり、アイデンティティの単純化は、人間の思考を奪い去り、そこから暴力的連帯を強制し得るものと上げていますね。
また、こういった考え方の中で西洋社会の傲慢な上から目線というものの害悪なども扱っていますね。
近代以降、西洋社会によって流布された民主主義であるとか、自由主義といったもの、この功績について批判はしないが、それが西洋固有の価値観であり、他の地域に一切なかった概念であるからこそ啓蒙してやろうという態度で出る事は大きな間違いであり、そういった態度が反発を生み、本来素晴らしいはずのものまで、反西洋的価値観として全否定に繋がると言う事を危惧していますね。
民主主義が必ずしも西洋固有のものではないという、例として日本の聖徳太子の作った十七条の憲法を持ち出したというのに、別に日本向けに書かれたわけではないものなので、おっ!と思ったりしますね。
基本的に書かれている事をまとめると、偏見と非寛容と単純化が暴力に満ちた世界を誘発しているという事になるでしょうかね。
その事について、多様な例をあげて解説されています。
ただ、難しいのは偏見や非寛容や単純化というものへの誘導は簡単であり、またそこに安心感を求めてしまいがちになると言う事なんですよねぇ。
私も、物事を考えるときには、そうなりがちですし。
第1章 幻想の暴力
第2章 アイデンティティを理解する
第3章 文明による閉じ込め
第4章 宗教的貴族とイスラム教徒の歴史
第5章 西洋と反西洋
第6章 文化と囚われ
第7章 グローバル化と庶民の声
第8章 多文化主義と自由
第9章 考える自由
![]() | アイデンティティと暴力: 運命は幻想である (2011/07/09) アマルティア・セン 商品詳細を見る |