今日の読書 逆説の日本史19幕末年代史編2/井沢元彦

井沢元彦のライフワークとなっている逆説の日本史シリーズ19弾は幕末で井伊直弼と尊皇攘夷の謎をメインとしています。

基本的にこのシリーズは通説批判というスタンスであり、その批判すべき通説が陥っている欠陥として、時代区分の専門化が進んだせいで通史としての視点が著しく欠如している、過去から面々と続いてきている影響の軽視、そして現代の価値観に囚われてしまい過去の価値観に対する想像力の欠如、特に宗教による価値観や宗教による囚われからくる現代的価値観から考える合理的行動と宗教による合理的行動の乖離という事への軽視というのを、元々週刊誌の連載だからというのもあるのでしょうが、何度も何度も繰り返しています。

それを踏まえて、この幕末の時期における幕府の失敗、現実不可能にもかかわらず攘夷こそ正義となった背景も、基本的に力点は宗教要素にガッツリと持っていっています。

シリーズとして徳川幕府が水戸藩だけ個別に朱子学をベースにした尊皇思想で日本史を編ませたりと、徳川幕府が仮にダメになったときにも徳川家が全滅しないように幕府の見解とは別物の思想の安全装置を作ってきたというのは、すでに書かれてきた事ですし、朱子学というものの力強さと硬直性、毒にも薬にもなるけれどもどっちみち劇薬過ぎて、毒に転びやすい性質。

水戸藩以外の幕府は徳川家康を神格化し過ぎて、祖法こそ全てとばかりにしてしまい、別に家康が始めたわけでもないのに鎖国破るべからずとなり、法律と現実が乖離してしまっていても、法律の方が尊いという、今の日本でも似たような失敗があるよねと、法律を宗教化するとおかしな事になるよねという事。

また穢れ思想から、当時外国人が来たために疫病が流行ってみたり、諸々の悪条件が出てきたのに対し、天皇がやるべき事は、穢れた外国人を打ち払って穢れを振り払う事となって攘夷こそ全てに振り切ってしまったという事。

この3つが主に宗教に力点を置いたこの時代の流れとしていますね。

あと、この時代のややこし所として、尊皇は幕府側も持っていて本来は対立軸になっているわけではなかったけれども、尊皇のとらえ方そのものが違っている解釈論の違いになっているという事、攘夷と開国も実は開国を先に言い出したのは幕府側の井伊直弼なんだけれども、この開国思想がしっかりと考えた上での事ではなく、日本全体を考えてのものではなく、幕府のためだけになってしまっていた問題点があり、攘夷を勢いづけただけ。

でも、現実を知った人達は攘夷は無理筋という事で、結局最終的に日本は開国に向かって、幕府は倒される事になるという、捻れまくっているという事ですね。

倒幕まではここでは扱いきっていないですけれどもね。

とりあえず、改めてこの時期の日本のそれぞれの勢力を、仮に保守と革新として分けたと考えると、簡単に前言撤回している感じがあって、もし民主的な選挙で決まるような事があれば投票するのが困難過ぎる状況だよなぁって。

保守と革新と捻れ現象が起きているって、今の日本と実は似たようなもので、結局どれだけ現実と乖離していない視点を持っているかどうかが全てなんだなぁって。

第1章 一八五八年編 戌午の密勅と安政の大獄
第2章 一八五九年編 正論の開国VS実行不可能な攘夷
第3章 一八六〇・六一編 桜田門外の変 大老暗殺が歴史を変えた!

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